柚太朗は英彦山なう!

山伏の歴史ある英彦山のふもと、彦山清流のほとりの柚子胡椒屋です♪郷土の歴史や柚子胡椒のことをつづっていきます。。


「嘉麻市の河童のなつきちゃん」(2月17日)の記事、嘉麻市の話題のつづきです。



福岡地図 - コピー

福岡県のほぼ中央部、嘉麻市(かまし)







ナツキ4

なつきちゃんのことを調べていた去年、

大きな石像を見つけ、車を停めてみると、

そこには、「稲築高校の跡地」でした。


バックは、たぶんグランドだったのでしょうか。







イナツキコウコウ1

「稲築高等学校跡」と書かれています。


両側は、門のようです。






イナツキコウコウ2



裏に校歌が、かかれています。





イナツキコウコウ3


1923年 (大正12年)に稲築村立実業補習学校として開校して

1941年(昭和16年)に 稲築町立稲築高等実業女学校と改称されて、

その時の門のようです。




1948年 (昭和23年)稲築町立稲築高等学校となり、

1949年 (昭和24年)福岡県立稲築高等学校へ、さらに

1997年  (平成9年)校舎が、現校名である福岡県立稲築志耕館高校に改称されて

場所は、1キロほど北西に移っているようです。








イナツキコウコウ4


写真を撮った時は、気が付かなかったけど

拡大してみると、グランドのむこうに

なつきちゃんと家族がいるようです。

跡地のグランド、使われていないようでしたが

きれいな感じでした。




















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2月17日



夕方の日が、長くなって来て、

春が近づいてきましたね。







きょうは、 嘉麻市(かまし)、

旧、稲築町(いなつきまち)
 の

河童のお話をしたいと思います。



福岡地図 - コピー


福岡県のほぼ中央に位置する嘉麻市(かまし)

その響きから、観光大使は、「おすぎさん」です。



2006年(平成18年)に

山田市と嘉穂町、碓井町、稲築町が合併して嘉麻市となりました。



なんといっても、こちら出身の有名人は

将棋の「ひふみん」こと「加藤一二三さん」です♪



「グレーテルのかまど」出演中の俳優の「瀬戸 康史さん」も!!

ここまで書いて、はっとしましたっ。


かまどだから、かま(嘉麻)出身の!?


ちなみに「籾井NHK元会長」も、ご出身です!!


なんだかつながるような気もしないでもない、、、、、







イナツキカンバン

嘉麻市の、旧稲築町(いなつきまち)付近を通ると

なつきちゃん名前がついた建物や看板が

目に入ってきます。


ここには、河童の伝説があり、

旧町の名前の時からの名づけられた 「なつきちゃん」 です。



かつて、いたずらばかりしていた稲築の河童は

かわいいキャラクターとなり

愛されています。




嘉麻市には、遠賀川が流れています。



オンガガワハシ



市の馬見山(うまみやま)に水源があって、筑豊地方の平野を流れてのち

福岡県北部の響灘(ひびきなだ)へと注いでいきます。



明治時代は、筑豊地方より出荷される石炭が、

この川で、船を使い

河口に設けられた芦屋港や

若松港へと、運ばれて行きました。





そして、この遠賀川沿いには、古くから

河童の伝説が残っています。






【口春(くちのはる)の河童のおはなし】


口春では、遠賀川に住んでいた悪河童が、

川原の牛にいたずらしようとしました。


しかし、逆に川から地上の大クスまで、引きずられてしまいました。

河童は、木に縛り付けたれたものの、

やさしい村人が、哀れに思い、許して逃がしました。


それから、この地域では、水でおぼれる人が

いなくなったとさ。


*口春地域には、今も河童の言い伝えが残る「三郎丸」の

  大クスが残っています。






【山野(やまの)の河童のおはなし】


山野では、にんげんから居場所を奪われてしまった

河童が、仕返しに、水の便を悪くしてしまいました。

その為、大火事が起こるようになりました。


困った村人たちは、河童たちに

遠賀川の白門へ、移り住んでもらうようお願いしました。


そして、毎年、お供えとお祭りをする約束を

河童と村人は交わしました。


*山野地区には、毎年、秋分の日に
 
 「山野の楽(やまののがく)」というお祭りが

  あります。(県指定無形民俗文化財)


 前述の、いいつたえの約束とも言われ

 別名「かっぱ祭り」と呼ばれています。







【漆生(うるしお)のすもう河童】



黒田地域には、相撲の大好きな河童が住んでいて、

勝つとおしりから、手を突っ込んで、ひとのハラワタを引き抜くといわれていました。

それで、親たちは川に遊びに行く子供たちに、

「河童と相撲をとる時はまず、礼儀正しくお互いにおじぎをして始めるように」と

教えました。

河童はおじぎをすると皿の水が落ちてしまい力が出ず

すぐに、子供たちに負けてしまいましたさ。










で、こんなかわいい河童のオブジェが、数箇所で見られます。




ナツキ2

先ほどの、川にかかる橋の端っこにいます、

なつきちゃん。





ナツキ1

反対側の端のなつきちゃん。









ナツキ3

そこから、車で2分くらい、稲築高校(現在閉校)の

大きななつきちゃん。

たしか体長、2メートルくらいだったと思います。



ナツキ4

かわいいぞ!!



イナツキカッパデンセツ

河童のいいつたえのことが書かれていました。




カッパサミット2


「九州かっぱサミット宣言」と、書かれています。






カッパサミット

河童にも、にんげんの子供にも

豊かな美しい遠賀川を、ということですね!






ここで紹介した以外でも

なつきちゃんだけではなく、おとうさん、おかあさん

おねえさん、といっしょだったり

なにか作業(炭鉱の石炭の選別をしている様子にみえました。)の

石像もあるようです♪








カッパキョウワコク


川の橋にもかかれていました

「いなつき河童共和国」







この写真を撮りに行ったのは、

昨年の五月の中旬でした。


川土手には、たんぽぽが無数に咲いていて

一面の黄色でした。

ずっと、きれいな川の風景でいてほしいです。

























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昭和40年代頃まで日本各地にあった炭鉱




かつて日本のエネルギーを

引っ張ってきた石炭筑豊



田川市郡から飯塚市とその周辺に

たくさんのおもかげを見ることが出来ます。



油須原線(ゆすばるせん)は、漆生線(うるしおせん)と

田川線(たがわせん)を結ぶ線路として

豊前川崎、大任、行橋を経由して

筑豊炭田の石炭を苅田港へ輸送する為に計画された路線です。



ユスバルセン




*漆生線(うるしおせん)
福岡県嘉穂郡稲築町(現・嘉麻市)下鴨生駅
→福岡県 山田市(同じく現・嘉麻市)の下山田駅までを結ぶ
 昭和61年廃線

*田川線(たがわせん)
 福岡県田川市の田川伊田駅
→福岡県行橋市の行橋駅までを結ぶ
(現在、平成筑豊鉄道の鉄道路線)


苅田港からは、九州電力苅田発電所に運び、

火力発電を行う大計画があったそうです。




大正時代に計画され

昭和32年に当時の国鉄によって建設工事が

始まりましたが、エネルギー革命により

石炭事情が変わっていったことで、工事の途中

一部未完成のままになっています。






添田町のお隣、

福岡県田川郡、大任町(おおとうまち)にある建物です。




ユスバルセン3

2017年、3月撮影 以下同じ











ユスバルセン5


ユスバルセン4


くわしいことがわからないのですが

とりまく社会事情の中で

昭和50年代頃まで、中断と再開を繰り返しながら

工事をしていたのです。

しかし昭和55年に完全に計画が凍結してしまったようです。









ユスバルセン2


横には整備された道があり、

この時は桜の季節だったので

満開の花が咲いていました。





工事半ばで、一度も使われなかったものの

建物はしっかりしていて、

今なお、通りかかると目を引く存在です。































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去年、筑豊の歴史を残す場所を

いくつかまわりましたので

この場で、また少しずつ、紹介したいと思います。





今回は、

福岡県飯塚市の(旧穂波町)の平恒にある

炭鉱の遺構を紹介したいと思います。









福岡地図 - 飯塚


福岡県の真ん中に位置する飯塚市。






飯塚市には、大正4年から操業し、

昭和40年に閉山した三菱飯塚炭鉱の遺構

「三菱飯塚炭鉱 巻き上げ機台座」が残されています。



かつての筑豊炭鉱を物語る貴重なものです。




ミツビシタテコウ4

(2017.6月撮影 以下同じ)




飯塚市平恒の住宅の横に、

ふたつ、間をおいて並んでいます。




坑内へ働く人や資材を送ったり、

掘りだした石炭を地上に出したりする

トロッコを引っぱるため

ロープを巻き上げるために使われていた機械の台座です。








ミツビシタテコウ5



高さ12メートル、幅13.5メートルのレンガ造りで

福岡県内に現存するものでは最大の建造物です。

(市指定文化財)




ミツビシテテコウ1


☆ 「飯塚炭鉱」 について


1915(大正4)年、この地区にあった大徳炭鉱の経営者の

就任した中島徳松が近くの小規模炭鉱をあわせて飯塚炭鉱としました。


1918(大正7)年に中島鉱業を設立しました。


福岡・佐賀・長崎各県でいくつかの炭鉱を持っていましたが、

徐々に経営が難しくなり

飯塚炭鉱は、1924(大正13)年に三菱鉱業に経営を委託しました。


その後、時代は石油の時代へ

石炭産業は、世の移り変わりとともに衰退していき

1965(昭和40)年に完全に閉山されました。




ミツビシタテコウ3
ミツビシタテコウ2



説明の案内が、置かれています。



ミツビシタテコウ7
ミツビシタテコウ6





二基のうちのひとつは

だいぶ、老朽化が進んでいるようですが、

ぜひ残してもらいたいですね。




近くで見上げると、大きくて圧倒的な存在感です。


毎日、命がけで炭鉱内での仕事をしていた人達を

支えていた、大事な台座です。







近くに車を停め、ぐるっと台座の周りを回っていたら、

コガエルテラ

発見!!! 


すぐ裏に「こがえる寺」がありました。

ここにあったんですね。


*過去記事
「かえる寺」
(福岡県小郡市)

 ↑かえる寺の小郡市にある如意輪寺の住職さんの

  長男さんのお寺、「こがえる寺」こと正法寺です。



 次の機会にゆっくり入りましょう。








また、近くの忠隈(ただくま)には

筑豊地区最大規模のボタ山が残されています。


(*ボタ山(ボタやま)とは石炭の採掘の時にでる

 捨石(ボタ)の集めた場所です。)


長い年の年月を経て、今は木や草が生え

緑で覆われて、「筑豊富士」と呼ばれるようになっています。



また飯塚炭鉱の閉山後、

跡地のほとんどは飯塚工業団地に開発され、

現在は100社以上の工場があるそうです。


歴史がつながっていることを感じました。































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10月31日は、ハロウィン。

グッズや街の飾りもすっかりおなじみになりました。



2017ハロウイン1

夏からキッチンに置いていたかぼちゃが、

いい色になったので

画用紙で、帽子と顔を作って付けてみました。



切り絵のこうもりの作り方が、ちょうど新聞に載っていたので

作りました。








最近、新聞を読んでいたら、

『「日本版」九州にもあった 身近にハロウィーン』という

題名を見つけました。


や五島(長崎県)に

昔から、子供達が、近所の家を回ってお菓子をもらう風習があると

書かれていました。




朝倉市(福岡県)では、

十五夜 (10月7日頃。「芋名月」と呼ばれる)の時、

名月に供えたイモを食べても怒られなかったそうです。



五島(長崎県)では、「いも巡り」と呼ばれる風習が

残っているそうです。

名月に供えたイモや豆を

「いもはまんだかな(芋はまだですか)」と言いながら

もらって回っていたそうです。

(現在、家を回ってお菓子をもらう風習が残っている。)



言葉の内容は違いますが

「トリック・オア・トリート(お菓子くれなきゃイタズラするぞ。)」と

声を掛けるところが、共通するような気がします。







そして、この記事を読んだ時、同じ区のご近所の方に、

数年前に聞いたお話を、思い出しました。


それで、再度お聞きしてみました。




干し柿の出来る11月ごろ、子供達が集まって

夜八時くらいから

「とうや、とうや」 (漢字は不明)と声をかけながら

家の軒先に下がっている「つるし柿(干し柿)」を外して

もらって帰っていたそうです。



そして、この「とうや」の声掛け以外は、無言でなければ

いけなかったそうです。




5、60年前のこと、干し柿やさつまいもは、

当時、貴重な甘いおやつで

きっと今の子供達が、ハロウィンのお菓子をもらうのと

ワクワクした気持ちは同じなんだろうな、と思いました。






2017ハロウイン2


私も今年は、お菓子の詰合せを少し作りました。

お世話になっている方へ上げるつもりです。

















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